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ある在野の文学研究者の行動記録。

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ヒュー・ロフティング伝(番外編)──Togetterまとめのログ
 ちょっとだけ更新。Togetterに以下のまとめを投稿しました。

解題『ドリトル先生』番外編──ヒュー・ロフティングとケイト・ハロワー
| 84oca | ヒュー・ロフティング伝 | 05:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
一時休止のお知らせ
筆者体調不良につき、しばらく更新を休止します。体調が回復次第、8月下旬を目処に更新を再開する予定です。

楽しみにしていただいている皆様にお詫びを申し上げます。
| 84oca | お知らせ | 21:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
解題『ドリトル先生のサーカス』(5)──逃避行の始まり
 ソフィーを海へ逃がすため、先にサーカス団を離脱してソフィーと合流することにしたドリトル先生はアッシュビーの宿屋に何日か逗留し、決行の日を待ちました。そして、遂にソフィー解放の日がやって来ます。

ヒギンズと夜警を水槽へ突き落とすテオドシア
ヒギンズと夜警を水槽へ突き落とすテオドシア
(『ドリトル先生のサーカス』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 その日の晩は、満月が綺麗でした。トートーは巡回動物園の檻の屋根に陣取ってサーカスの敷地内を見渡し、作戦決行の合図をする手筈を整えながらマシューがソフィーを水槽から連れ出すまで待機していました。マシューはテオドシアがココアをご馳走してヒギンズと夜警を引き留めるのを確認し、水槽を囲う木戸の錠を慣れた手つきで外して水槽から這い上がって来たソフィーを外に出してやりました。しかし、陸上では体を引きずってゆっくりと移動することしか出来ないのでサーカスの敷地から外へ誘導するのは一苦労で、このままでは夜警に見つかってしまいかねません。そこで、トートーが機転を利かせてソフィーをテントの裾に隠れるようジップに誘導させ、ソフィーが隠れたのを見届けたマシューはヒギンズと夜警に慌てた様子で「オットセイが逃げた」と報告しました。
 ヒギンズと夜警は急いで水槽のスタンドへ駆けつけましたが、錠はマシューがソフィーを逃がした後に元通り閉めていたので不審な点は見つけられませんでした。そこで、テオドシアが「水槽の底で影が動いたような気がする」と言い、ヒギンズと夜警が水槽を覗き込むとテオドシアは突然、何かに驚いたふりをして2人の背中から倒れ込み、そのまま水槽へ突き落としてしまいました。
 その様子を見ていたトートーは巡回動物園の動物たちにホー、ホーと鳴いて合図をし、それから一斉に檻の中で動物たちが暴れ出しました。特に象の暴れぶりは豪快で、床を何度も踏み抜いて滅茶苦茶に壊し見るも無残な焚き付けのようにしてしまいました。
 巡回動物園の異変に気付いたブロッサムは慌てて外へ駆け出しますが、その足許へガブガブが飛び出して転倒させてしまいました。
ブロッサムが起き上がってまた走り出すと、またもやガブガブがブロッサムの足を掬って転倒させたので、ブロッサムはなかなか檻に近付くことが出来ません。普段からブロッサムの腰巾着として振る舞っている蛇使いのファティマは蝋燭と金槌を持って外へ出ますが、ダブダブが後ろから飛んで来て羽で蝋燭の火を消してしまい、ファティマが訳もわからずもう一度テントに戻って蝋燭に点火するとダブダブはまたその火を消してしまいました。
 ガブガブに散々な目に遭わされ怒り狂った状態のブロッサムがようやく水槽から這い出したヒギンズと合流し、ソフィーが逃げ出したことを聞くと巡回動物園の象が暴れているのはソフィーが逃げ込んで驚いたからに違いないと言い、夜警と共に檻の方に駆けて行きました。その様子を見届けたマシューはソフィーを外へ出してやりましたが、巡回動物園の騒ぎを聞き付けた警官の姿を見ると(マシューは何度も密漁で逮捕暦のある前科者なので警官が何より苦手なのです)慌ててソフィーを路地裏に隠し、警官には「ライオンが逃げたんじゃないか」と言ってごまかしサーカスの敷地内へ戻って行きました。
 予定時刻を大幅に過ぎて、巡回動物園の騒ぎでようやくソフィーが逃げ出したことに気付いた先生は路地裏で寝そべっているソフィーを保護し、取り敢えず隠れられそうな空き家を探すことにしました。長い逃避行が始まったのです。

| 84oca | ドリトル先生のサーカス | 20:18 | comments(1) | trackbacks(0) |
解題『ドリトル先生のサーカス』(4)──囚われのソフィー
 グリムブルドンでの興行を終え、次の巡業地・アッシュビーでドリトル先生は病気のためサーカス団を離脱していたオットセイのソフィーと出会います。ソフィーが捕獲され、夫のスラッシーと引き離されてイギリスへ連れて来られた身の上話を聞いた先生は義憤に駆られ、ソフィーを海へ逃がす決意をします。

ソフィーとドリトル先生
ソフィーとドリトル先生(『ドリトル先生のサーカス』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 グリムブルドンの興行が終わり、次の目的地・アッシュビーへ向かう頃にはドリトル家の動物たちもサーカス団の動物とすっかり仲良くなっていました。特に、ジップは道化役者のホップが飼っている雑種犬のスイズル、そしてガブガブがお気に入りの人形芝居に出演しているプードルのトビーとすっかり仲良くなっていました。また、先生は巡回動物園の不潔な檻で飼われている動物たちと同様に年老いてくたびれ果てたた荷馬車馬のベッポーのことが非常に気がかりでした。
 アッシュビーでは、病気のためにサーカス団を離れていたアラスカ生まれのオットセイ・ソフィーが合流しました。ソフィーはヒギンズという男に飼われていて、先生がオシツオサレツを見世物にするサイト同様にブロッサムと契約してサーカス団に帯同していたのですが、ハットレイの町で興行中に病気のため一時的にサーカスを離れ、アッシュビーで合流することになっていたのです。

 岩波少年文庫で2000年の改版以降に掲載されているアニマルトレーナーの堤秀世氏による解説では、現在のイギリスではオットセイに芸当を仕込むことは禁止されており水族館のショーでは主にアシカが出演するそうです。日本の場合は、水産庁の許可を条件にオットセイに芸を仕込んでショーに出演させることが出来ます。

 先生がファンティポの国際郵便局で発行していた『北極マンスリー』の愛読者だったというソフィーは生き別れの夫・スラッシーが今どうしているのか知りたいと言いました。先生がトートーに相談すると、トートーはイングランド西部の港町・ブリストルまで飛んで行きました。そこで、かつて先生にスティヴン岬灯台の異変を知らせたカモメと出会ったトートーは、アラスカ方面の渡り鳥にオットセイの群れの様子を見てもらえないか相談しました。
 5日後、先生はサーカス団の箱馬車に飛来したカモメと再開しましたが、喜んでいる余裕はありませんでした。長旅で疲れきったカモメが持って来たニュースはとてもソフィーに聞かせられるようなものではなかったからです。カモメ曰く、スラッシーはソフィーが捕獲されてからすっかり塞ぎ込んでしまいリーダー不在となったオットセイの群れはセイウチやアシカとの小競り合いで勢力が衰退し、エスキモー(本来「エスキモー」は差別用語でなく、また政治的理由で「イヌイット」と総称されているカナダの北方民族以外のアラスカや極東ロシアに住む同系統の民族を「イヌイット」と呼ぶのは不適切なので原文通りとします)の毛皮猟師による乱獲もあってアラスカオットセイの群れは危機に瀕していると言うのです。
 居ても立ってもいられなくなった先生はヒギンズからオットセイを買い取ってソフィーを海に解放したい衝動にかられましたが、ヒギンズがリヴァプールでソフィーを買い取った時の20ポンドという大金はいくらオシツオサレツの稼ぎが好調だと言っても手が届きません。そこで、先生は思い切ってソフィーを密かに水槽から逃がして海へ連れて行くことにしました。マシューと夫人のテオドシアも先生の提案に賛同し、ヒギンズやブロッサムに怪しまれないよう先生は所用を装って先にサーカスから一時離脱し、合流場所を決めておきました。そして、ソフィーの解放を決行する日がやって来ます。
| 84oca | ドリトル先生のサーカス | 19:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
解題『ドリトル先生のサーカス』(3)──ドリトル先生、早くも失望する
 オシツオサレツを連れてブロッサム大サーカスの一員となったドリトル先生は、サーカスの舞台裏を見て激しく失望します。特に、巡回動物園で見世物にされている動物たちがみじめな境遇に置かれていることはどうにも我慢がなりませんでした。

「ハリガリ」を観賞するドリトル先生とガブガブ
「ハリガリ」を観賞するドリトル先生とガブガブ
(『ドリトル先生のサーカス』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 オシツオサレツは観賞初日から大人気で、多くの人々が2つ頭の珍しい動物を見ようと箱馬車に詰めかけました。元から恥ずかしがり屋のオシツオサレツにとって人からジロジロと見られるのが耐え難い苦痛だったのですが、先生の借金を返すためだと思って我慢している内に人目にも慣れて来て、何日か経つとすっかり人目を気にせず普段通り振る舞うようになりました。
 先生は団長のプロッサムに案内されてサーカス団の他の見世物を観賞して回りましたが、その中でも特に失望したのは巡回動物園でした。ここで飼われている動物たちは狭く不潔な檻に閉じ込められ、満足に餌をもらえないのが一目でわかった先生はブロッサムに抗議したくなりましたが、ここで団長と事を構えるのはまずいと言うマシューの忠告を受けて怒りを抑えざるを得ませんでした。
 ガブガブは、ブロッサム言うところの南米はパタゴニアで捕獲した珍獣・ハリガリ(Hurri-Gurri)の檻をしげしげと眺めていました。先生が言うには、その「ハリガリ」の正体はアメリカ大陸全土に広く分布しているオポッサム(フクロネズミ)だそうですが。
 それから先生は蛇使いの女王・ファティマのテントへ通されました。このファティマは傲慢不遜な女で、インド原産の毒蛇の王者・コブラを操るという触れ込みで蛇に芸を仕込んでいたのですが、先生はこの蛇が北アメリカ原産の毒を持たない黒蛇に縞模様を塗ってそれらしく見せかけたものだと一目で見抜きます。先生がそれを指摘すると、ファティマは途端に不機嫌になり「蛇に触らないでおくれ!」と先生に食って掛かりました。ガブガブはその次に案内された人形芝居──この出し物はヘンリー・クロケットとその飼い犬のプードル・トビーが仕切っていました──がすっかり気に入ったようで、飽きること無くずっと観賞し続けていました。
 最後に先生が案内されたのは、怪力自慢のヘラクレスがダンベルを持ち上げている小屋でした。先生はファティマの蛇使い芸のようないんちきが無いこの出し物に感心しますが、ヘラクレスは誤ってダンベルを自分の胸に取り落としてしまいました。先生はすぐに動けなくなったヘラクレスを診察し、肋骨が2本折れていると診断しました。新しくサーカス団に加わったスミス氏が医者だったとは知られされていなかったブロッサムは呆気に取られますが、たまたま先生が獣医へ転職する前のことを知っている観客がそこに居合わせて「あの人はかつてイングランド西部で一番の名医だったジョン・ドリトル医学博士だ」と言ったので、先生は妹のサラに約束した偽名「ジョン・スミス」の使用を早々と諦めざるを得なくなってしまったのでした。
| 84oca | ドリトル先生のサーカス | 16:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
解題『ドリトル先生のサーカス』(2)──予期せぬ再会
 金策を猫肉屋のマシュー・マグに相談したドリトル先生はサーカス団の巡業に帯同する交渉のため、グリムブルドンで興行中のブロッサム大サーカスを訪ねます。ところが、先生が団長に挨拶した矢先に思わぬ人物と再開してしまったのでした。

「サーカス万歳!」
「サーカス万歳!」(『ドリトル先生のサーカス』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 グリムブルドンはパドルビーの近郊では一番大きな町で、パドルビーは国教会(アングリカン・チャーチ)のグリムブルドン教区に属しています。ブロッサム大サーカスはそこで市場が開かれるのに合わせて週末までテントを張って興行をしている最中でした。
 先生が観衆を前に口上を披露している団長のアレクサンダー・ブロッサムに挨拶すると、ブロッサムは先生の肥満体を見るなり「これが本物のハンプティ・ダンプティです」と初対面の相手にあんまりな口上を加えて紹介したのですが、先生は怒ることも無く本題を切り出そうとします。

 今でこそルイス・キャロル『鏡の国のアリス』で日本でもよく知られているハンプティ・ダンプティですが1950年代は余り知られていなかったのと、岩波書店は当初『鏡の国』の前巻『不思議の国のアリス』しか刊行していなかったなどの理由も有ってか(現在は両冊ともハードカバー・岩波少年文庫の2種類で刊行しています)、井伏鱒二は原文の"Humpty Dumpty"を「ズングリムックリ・デッカク」と訳して注釈を付けています。現在ならばこのような注釈は要らないでしょう。

 ところが、不意に「ジョン!」と人だかりからドリトル先生を呼ぶ声がしました。先生が声のした方向を振り返ると、そこにはあろうことか、妹のサラが相変わらず面白くなさそうな顔をして先生をにらみつけているではありませんか!
 獣医に転職してから引き取ったワニを恐がって誰も寄り付かなくなってしまったことに怒りを爆発させ、ドリトル家を飛び出したサラはパドルビーを含むグリムブルドン教区の教区長を務めるラーンスロット・ディングル牧師と結婚していました。しかし、サラは先生は式に呼びませんでしたし便りも一切よこさなかったので先生は妹がどこで何をしているのか、この瞬間まで知る由もありませんでした(前巻『郵便局』でも、先生が「かわいそうな、サラ! 今ごろ、どこで何をしておるやら」と手紙を出そうにも宛先がわからないので出しようが無いことを嘆く場面があります)。そんな訳で、先生は義弟のディングル牧師とはこの時が初対面となるのですが、挨拶もほどほどにサラは兄に食ってかかりました。「教区長の義兄がサーカス団に入るだなんて世間体が保てない」と言うサラに、先生は取り敢えず「ジョン・スミス」と言う偽名を使うことを約束しましたが「(元患者などの)自分を知っている人にばれたらその時はどうしようもない」と予防線を張るのを忘れませんでした。
 ようやくサラが引き下がったので先生はブロッサムに対して正式にサーカス団への帯同を申し入れ、ブロッサムがパドルビーでオシツオサレツを見て判断すると言うことになりました。
 翌日、オシツオサレツを見たブロッサムは大層驚き、この動物を売って欲しいと持ちかけましたが先生は断りました。結局、先生とブロッサムで利益を折半すること、サーカス団側が専用の箱馬車を1台調達すること、オシツオサレツの鑑賞については先生に全ての裁量を与えることなどで合意し、サーカス団入りが正式に決まりました。ドリトル家の動物たちも一緒にサーカス団の巡業へ付いて行くのですが、その中でも特にサーカス団入りを喜んだのは以前からサーカスの旅が好きだと公言してはばからないガブガブでした。
| 84oca | ドリトル先生のサーカス | 16:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
解題『ドリトル先生のサーカス』(1)──一文無しからの出発
 前回のエントリで解説したように、本作は前巻『郵便局』から直に続いているとする説と第1巻『アフリカゆき』の続きないし同巻の終盤を膨らませたエピソードとする二通りの説がありますが、この解説では原則として本編の記述との矛盾が少ない前者の説を採用します。

『ドリトル先生のサーカス』ジョナサン・ケープ版表紙
ドリトル先生のサーカス
ジョナサン・ケープ版表紙(1925年)

  本作は1924年にアメリカのF・A・ストークスより刊行され、翌1925年にイギリスでジョナサン・ケープより刊行されました。日本では1952年1月に井伏鱒二の訳で岩波少年文庫へ収録されたのが最初の紹介ですが、刊行順では前巻『郵便局』よりも半年ほど早く順序が逆転していました。『郵便局』と同様に、60年近く井伏訳が唯一の日本語訳だったのですが今年3月に角川つばさ文庫から河合祥一郎の新訳版が刊行されています。

 冒頭はドリトル先生の一行がアフリカからパドルビーの自宅へ帰って来て、船乗りに借りた船を壊したので弁償する為に金策をしなければならないという事情の説明から始まります。この場面で帰りに接収した海賊船の倉庫に最高級のイワシの缶詰が云々、とのやり取りがあるので『アフリカゆき』の終盤を思わせますが、あの時に大破した船は漁師町(コーンウォール?)からパドルビーへ帰るまでの間にオシツオサレツを6ペンスで鑑賞させて稼いだ収入で弁償して新しい船も買ったはずですし、前巻『郵便局』でアフリカへ行った際の船は借り物でなく買い切りだったはずです。帰り道のことは何も書かれていないので、バーバリ海賊団とはまた別の海賊団を懲らしめて以前と同じように船を接収したのでしょうか。謎は深まるばかりですが、この解説では『郵便局』第4部6章でダブダブが「またオシツオサレツを連れてサーカス巡業に……」と言っていたのが本巻の伏線であると解釈し、ファンティポからの帰りであると言う前提に立ちます。

 先生がイギリスへ戻って来たと言うニュースはすぐに動物たちの間で広まり、声がかすれたニワトリや爪が剥がれたイタチなどが続々と診療所へ押しかけて来たので、先生は休む間も無く診察に追われました。そこへ、猫肉屋のマシュー・マグが訪ねて来ます。マシューは先生が留守の間、ファンティポで郵便局の国内配達を手伝っていてロンドンへ戻るためデヴォン沖で先生の一行と別れたチープサイドに言付けた手紙を受け取っていて、なんとなく「先生が帰って来たような気がする」と思いオクスンソープ通りの家を訪ねると案の定、と言う訳です。
 先生は早速、金策のためにオシツオサレツを連れてサーカス団の巡業に参加したいが当ては無いかとマシューに相談しました。マシューは、ちょうどパドルビーの近郊で一番大きなグリムブルドンの町でブロッサム大サーカスが週末まで興行しているから覗いてみたらどうだろうと言い、次の日に先生とマシューはグリムブルドンまで出掛けることになったのでした。
| 84oca | ドリトル先生のサーカス | 21:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
解題『ドリトル先生局』──『郵便局』と『サーカス』はどっちが先?
 シリーズ第3巻『ドリトル先生の郵便局』と第4巻『ドリトル先生のサーカス』は、どちらも第1巻『アフリカゆき』よりは後で、第2巻『航海記』よりも前と見る意見が多数を占めています。しかし『郵便局』と『サーカス』のどちらが先かについては意見が分かれており、明確な結論が出ていません。

「さて、どちらへ行くべきか」
「さて、どちらへ行くべきか」(『ドリトル先生のサーカス』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 本文に依拠する限り『郵便局』第4部6章で最高級の真珠を芽キャベツの弁償に充てて惜しげもなくリンカンシャーの農家へ送ってしまったドリトル先生を横目に、ダブダブが「また(『アフリカゆき』の終盤のように)オシツオサレツを連れてサーカスの旅に出なきゃならない」と愚痴をこぼしていたのが次巻『サーカス』への伏線と読めますし、その『サーカス』では水上郵便局や『北極マンスリー』の話題が出たり先生にスティヴン岬灯台の異変を知らせたカモメが再登場しているので、予断を持たずに読んだ場合は『郵便局』→『サーカス』の順と取るのが自然なように思えます。
 しかし『サーカス』の冒頭では「アフリカへ行く際に調達した船を壊してしまい、船乗りに弁償しなければならないのでサーカス団へ入ることにした」とか「帰りに接収した海賊船の倉庫に積まれていたイワシの缶詰が上等」だとか『アフリカゆき』の後半を思わせる描写が挿入されているので事はそう簡単ではありません。実際、岩波版で『アフリカゆき』の巻末に掲載されている各巻の紹介では『サーカス』を「『アフリカゆき』の直後」と明言しています。
 実は岩波版が『郵便局』から直に続いているとしか解釈し難い本編中の描写に触れず『サーカス』を『アフリカゆき』の直後としているのは商業上の理由があり、岩波少年文庫で訳出された順序は『サーカス』(1952年1月)の方が『郵便局』(1952年6月)よりも早かったのです。
 そうした日本での紹介に際しての事情はさておいても、結局のところ『郵便局』と『サーカス』のどちらが先か、と言うよりも『アフリカゆき』の直後か、と言う問題に対する明確な結論は今のところ出ていませんし、ファンの間でも「答えの出ない論争なので立ち入らないでおこう」と言う空気が長く存在していました。今年の3月に刊行された角川つばさ文庫の河合訳『サーカス』の訳者あとがきが結論こそ出していないものの、この問題に関する正面からの考察としては初めてのものとなっています。

 筆者は基本的に『郵便局』→『サーカス』の順だろう、と解釈していますが単純に『アフリカゆき』の直後が『郵便局』という訳ではなく、その間に全容が書かれなかったもう一つの航海が存在すると思っています。その航海の断片は『航海記』でスタビンズ少年との初対面や『郵便局』でファンティポ郵便局が切手発行に乗り出した直後、また第6巻『キャラバン』の終盤と第11巻『緑のカナリア』の冒頭に、その断片を見ることが出来ます。
| 84oca | ドリトル先生 (シリーズ全般) | 16:10 | comments(0) | trackbacks(1) |
ヒュー・ロフティング伝(8)──ケイトのピーターズ家時代
 1928年にヒューと再婚し、2人目の夫人となったケイトことキャサリン・グロンソン・ハロワー(Katherine Gronson "Kate" Harrower)の前夫、フレイジャー・フォアマン・ピーターズ(Frazier Forman Peters)についても少し解説します。

フレイジャーとケイトの結婚写真
フレイジャー・F・ピーターズとケイトの結婚写真
(1916年、画像出典:eroszelda in Flickr

 ケイトの最初の夫・フレイジャーは1895年7月20日、聖公会(イングランド国外における国教会系統の宗派)の牧師で東洋学者のジョン・パネット・ピーターズ(John Punnett Peters, 1852 - 1921)の一子としてニューヨークで生まれました。
 1916年に同郷のケイトと結婚した後、コネチカット州ウエストポートへ転居し若き天才建築家として名を馳せました。特に石造りの家は評判が高く、旧居の在ったウエストポートでは1926年から1936年にかけて建設されたフレイジャーの設計になる石造りの家屋が文化財の指定を受けて数多く保存されており、町の重要な観光資源となっています。

WHS celebrates Frazier Forman Peters’ Classic Stone Homes and Sustainable Architecture(Westport Patch / October 2, 2011)

 ケイトは1918年に長男のヒュー(Hugh Peters)を、1920年に長女のキャサリン・ピーターズ(Katherine Peters)を出産しますが、1924年5月に次女のジュディス(Judith Peters)が生まれた頃からフレイジャーと不仲になり離婚調停を開始します。調停はヒュー・ロフティングの最初の夫人・フローラが亡くなった1927年中に成立し、ケイトは離婚成立から日を置かず1928年に3人の子供を連れてロフティングと再婚しました。しかし、この年の暮れに大流行したインフルエンザが原因で再婚から1年を経ず1929年1月9日に亡くなってしまいます。ケイトが亡くなった後、3人の子供はピーターズ家に返されました。この内、母親の名前を受け継いだ長女のキャサリンはダンサーとして大成し、画家のハロルド・シャピンスキー(Harold Shapinsky, 1925 - 2004)と結婚しています。

 フレイジャーはケイトの没後、ローラ・ストローム(Laura Stromme, 1894 - 1974)と再婚し4子を儲けました。ロフティングがコネチカットを去った翌年の1936年にはフレイジャーもコネチカットを離れ、ニューヨーク州ウォリックへ転居します。この年に設計を手掛け、ニュージャージー州アルパインでリオンダ夫人の発注を受けて建設された「マニュエル・リオンダの石塔」は現在でもピーターズの最高傑作と評されているそうです。

Manuel Rionda’s stone tower(The Lostinjersey Blog)

 フレイジャーは1963年2月に癌で亡くなりました。67歳でした。


 今回のエントリでは、以下のサイトを主な参考にしました。

Frazier Forman Petes' Architect
| 84oca | ヒュー・ロフティング伝 | 15:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
ヒュー・ロフティング伝(7)──フローラとケイト
 ヒュー・ロフティングは61年の生涯で3度にわたり結婚しました。長女・エリザベス(リン)と長男・コリンの母親である最初の夫人・フローラと、次男・クリストファーの母親で第11巻『緑のカナリア』と最終巻『楽しい家』の序文を書いている3人目の夫人・ジョセフィンはそれなりに知られていますが、2人目の夫人であるキャサリン(ケイト)・ハロワーについてはほとんど知られていないのではないでしょうか。

 ケイトの旧姓は多くの資料でピーターズ(Peters)ないし結合姓でハロワー=ピーターズ(Harrower-Peters)とされていますが、このピーターズという姓はヒューと再婚する前の夫の姓で、最初の結婚以前はキャサリン・グロンソン・ハロワー(Katherine Gronson Harrower)と名乗っていました。1893年12月23日、ホレイショ・ハロワー(Horatio Harrower)の娘としてニューヨークで生まれた彼女は若き天才建築家として名を馳せていたフレイジャー・フォアマン・ピーターズ(Frazier Forman Peters, 1890 - 1963)と1916年に結婚し、コネチカット州のウエストポートへ移り住みます。

 ケイトが後に再婚するヒューとどのような形で出会ったのかは明らかではありませんが、ロフティング家とピーターズ家には一時期、家族ぐるみの付き合いがあったようで両者はフローラを通じて知り合ったと見るのが自然なように思えます。位置関係で言うと、ウエストポートはロフティング家の在ったマディソンから西南西へ50kmほど離れた町です。

 ヒューが第4巻『サーカス』と絵本『おかゆ詩集 Porridge Poetry』を刊行し、そのまま第6巻『キャラバン』をニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の新聞連載小説として執筆していた1924年は多忙な年でした。遅くともこの年までにヒューとケイトは出会っていたはずですが、この年の5月に第3子となる次女のジュディスを出産したケイトと夫のフレイジャーは修復し難いまでの不仲となっていました。対するヒューも多忙を極める中で、西部戦線での凄惨な体験に起因するPTSDを発症してアルコール依存症に苦しんでいました。フローラは懸命に夫を看病していたのですが、この頃から体調を崩しがちになりヒューの側も妻に気苦労をかけていることをかなり気に病んでいたようです。こうして互いに家族関係で悩みを抱えていたことが、ヒューとケイトの間に恋愛と言うよりも何でも打ち明けられる親友のような関係を築く契機になったと見られます。実際、ケイトは家庭を支える役回りに徹したフローラと対照的にかなり自由を追い求めるタイプの女性だったようで、最初の夫・フレイジャーとの確執もそのあたりに原因がありそうです。そして、この「自由を追い求め、それでいて1人ではいられない」女性像はこの年に執筆した『キャラバン』で緑のカナリア・ピピネラとなって開花するのですが、それはもう少し先の話となります。
| 84oca | ヒュー・ロフティング伝 | 08:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
解題『ドリトル先生の郵便局』(20)──まとめ
 明治時代、日本の新政府はエドゥアルド・キヨッソーネ(イタリア)やエルヴィン・フォン・ベルツ(ドイツ)、そしてウィリアム・スミス・クラーク(アメリカ)ら多数の“お雇い外国人”を雇用し、江戸時代に鎖国していた間のギャップを取り戻すかのように西洋文明を積極的に取り入れました。
 本作では、まさにドリトル先生がファンティポ王国の“お雇い外国人”として郵政大臣に任命され、破綻状態であった郵便局を立て直すばかりでなく同国の貿易立国化を推し進める訳ですが世界中の渡り鳥に配達を担わせるフィクションの裏に隠された経済小説としての構造に気が付いた読者は刊行時も、そして90年以上が経過した現在もどのぐらいいるのでしょうか。

ドリトル郵政大臣を顕彰するファンティポの木像
ドリトル郵政大臣を顕彰するファンティポの木像
(『ドリトル先生の郵便局』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 前作『航海記』でドリトル先生がクモサル島の王に祭り上げられて以降はヴィクトリア朝イギリス帝国の国是であった植民地主義の影が見え隠れする展開となっていたのに対し、本作では飽くまで独立国の“お雇い外国人”なので支配者と被支配者の不条理的なものは余り感じられなくなっています。とは言え、国内郵便正常化の救援要請で呼ばれたチープサイドが現地の人々を口汚く罵ったり「非キリスト教国だろうが関係ねえ、クリスマスを祝え」と駄々をこねたり(このあたり、非キリスト教国では最も盛大にクリスマスを祝う日本の読者には余りピンと来ないかも知れませんが)と、前2作ほどではないにせよ当事の西洋人が共有していたであろう偏見が見え隠れする場面はあります。
 それでも、冒頭が奴隷船の拿捕に協力する所から始まるのは鉄道建設に携わった英領ナイジェリアで植民地の現実と不条理を見せ付けられ、憤ったロフティングの体験が強く反映されていると見ることが出来ますし、奴隷制度が過去のものとなりつつあった1920年代でもなお、ココ王の友人が靴磨きの店を経営していると言うアラバマなどアメリカ南部を中心に公然と人種差別が横行していたこともその念頭に在ったのでしょう。ただ、それを真正面から問題提起するのでなく一見さらりと、それでいて暗に毒を含ませた書き方をするロフティングの技法は、大人になってから再読すると初めて「そうだったのか!」と気付かされることが多い点に特徴があります。
 また、本作で『北極マンスリー』に掲載する7編の「お話」はそれぞれ非常にウィットに富んだ短編となっていて、ロフティングはその人生で積極的に短編作品を書くことは無かったものの本人にその気があれば「『ドリトル先生』の作者」でなく「短編の名手」として名を残していた可能性を感じるものとなっています。複数のキャラクターが入れ替わり立ち代わり自身の身の上話を順番に語って行くこの手法は、後に第5巻『動物園』や第7巻『月からの使い』でも採り入れられており、また番外編『ガブガブの本』や未邦訳の絵本『おかゆ詩集 Porridge Poetry』にもその片鱗を見ることが出来ます。

 貧窮し、強大な隣国や身内の反乱に頭を悩ませるニャムニャム酋長がヘラサギの発見した真珠の恩恵で一転して裕福になる第4部のエピソードは「善良な老人が動物の恩返しで裕福になり、それをねたんだ老人が善良な老人を真似て失敗する」という日本の昔話にも共通するパターンとなっており、日本の読者には特に親しみやすい構造となっています。同時に、郵便制度の立て直しを通じて貿易立国となったファンティポはもはや非人道的な奴隷貿易に依拠する必要も無くなったはずで、ロフティングが本作に込めたメッセージは「どうして奴隷貿易のような貧困ビジネスが無くならないのか」の告発にあったのではないかと思えます。ただ「奴隷貿易は人道に反するからやめろ」と言うだけでなく、その先に「貧困ビジネスと訣別した人々にやめさせた側が自立する手段を示さなければ、元の黙阿弥になってしまう」と言うメッセージは、現在でも十分に通用するものと言えるでしょう。

 最後に、本作ではシリーズの他の巻に比べるとヒューの祖父母であるジョン・トーマスとメアリー・アン夫妻を想起させる描写が多いことを挙げておきます。特にガブガブが語るおとぎ話「魔法のキュウリ」に登場する国王夫妻は国教会の信徒だったジョン・トーマスとアイルランドから嫁いで来たカトリック信徒でヒューの父ジョン・ブライアンら子供たちにもカトリックの洗礼を受けさせたメアリー・アンがモデルになっているでしょうし、チープサイドがドロンコを評した「クリミア戦争帰りの老兵」と言うのはジョン・トーマスのことに相違無いと考えられます。ヒューは5歳の頃に2歳年上の三兄で後に建築家となったエリックと共にイングランド南部のボーンマスに住んでいたジョン・トーマス夫妻の許へ預けられていたので、その際の体験がこうした形となって反映されたのでしょう。


The Voyages of Doctor Dolittle - 原文。

『ドリトル先生の郵便局』についてもっと詳しく知りたい方には、以下のサイトも参考になります。

『ドリトル先生の郵便局』 ドリトル先生物語全集3こども図書館ドットコム


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| 84oca | ドリトル先生の郵便局 | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) |


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