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解題『ドリトル先生の郵便局』(20)──まとめ
 明治時代、日本の新政府はエドゥアルド・キヨッソーネ(イタリア)やエルヴィン・フォン・ベルツ(ドイツ)、そしてウィリアム・スミス・クラーク(アメリカ)ら多数の“お雇い外国人”を雇用し、江戸時代に鎖国していた間のギャップを取り戻すかのように西洋文明を積極的に取り入れました。
 本作では、まさにドリトル先生がファンティポ王国の“お雇い外国人”として郵政大臣に任命され、破綻状態であった郵便局を立て直すばかりでなく同国の貿易立国化を推し進める訳ですが世界中の渡り鳥に配達を担わせるフィクションの裏に隠された経済小説としての構造に気が付いた読者は刊行時も、そして90年以上が経過した現在もどのぐらいいるのでしょうか。

ドリトル郵政大臣を顕彰するファンティポの木像
ドリトル郵政大臣を顕彰するファンティポの木像
(『ドリトル先生の郵便局』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 前作『航海記』でドリトル先生がクモサル島の王に祭り上げられて以降はヴィクトリア朝イギリス帝国の国是であった植民地主義の影が見え隠れする展開となっていたのに対し、本作では飽くまで独立国の“お雇い外国人”なので支配者と被支配者の不条理的なものは余り感じられなくなっています。とは言え、国内郵便正常化の救援要請で呼ばれたチープサイドが現地の人々を口汚く罵ったり「非キリスト教国だろうが関係ねえ、クリスマスを祝え」と駄々をこねたり(このあたり、非キリスト教国では最も盛大にクリスマスを祝う日本の読者には余りピンと来ないかも知れませんが)と、前2作ほどではないにせよ当事の西洋人が共有していたであろう偏見が見え隠れする場面はあります。
 それでも、冒頭が奴隷船の拿捕に協力する所から始まるのは鉄道建設に携わった英領ナイジェリアで植民地の現実と不条理を見せ付けられ、憤ったロフティングの体験が強く反映されていると見ることが出来ますし、奴隷制度が過去のものとなりつつあった1920年代でもなお、ココ王の友人が靴磨きの店を経営していると言うアラバマなどアメリカ南部を中心に公然と人種差別が横行していたこともその念頭に在ったのでしょう。ただ、それを真正面から問題提起するのでなく一見さらりと、それでいて暗に毒を含ませた書き方をするロフティングの技法は、大人になってから再読すると初めて「そうだったのか!」と気付かされることが多い点に特徴があります。
 また、本作で『北極マンスリー』に掲載する7編の「お話」はそれぞれ非常にウィットに富んだ短編となっていて、ロフティングはその人生で積極的に短編作品を書くことは無かったものの本人にその気があれば「『ドリトル先生』の作者」でなく「短編の名手」として名を残していた可能性を感じるものとなっています。複数のキャラクターが入れ替わり立ち代わり自身の身の上話を順番に語って行くこの手法は、後に第5巻『動物園』や第7巻『月からの使い』でも採り入れられており、また番外編『ガブガブの本』や未邦訳の絵本『おかゆ詩集 Porridge Poetry』にもその片鱗を見ることが出来ます。

 貧窮し、強大な隣国や身内の反乱に頭を悩ませるニャムニャム酋長がヘラサギの発見した真珠の恩恵で一転して裕福になる第4部のエピソードは「善良な老人が動物の恩返しで裕福になり、それをねたんだ老人が善良な老人を真似て失敗する」という日本の昔話にも共通するパターンとなっており、日本の読者には特に親しみやすい構造となっています。同時に、郵便制度の立て直しを通じて貿易立国となったファンティポはもはや非人道的な奴隷貿易に依拠する必要も無くなったはずで、ロフティングが本作に込めたメッセージは「どうして奴隷貿易のような貧困ビジネスが無くならないのか」の告発にあったのではないかと思えます。ただ「奴隷貿易は人道に反するからやめろ」と言うだけでなく、その先に「貧困ビジネスと訣別した人々にやめさせた側が自立する手段を示さなければ、元の黙阿弥になってしまう」と言うメッセージは、現在でも十分に通用するものと言えるでしょう。

 最後に、本作ではシリーズの他の巻に比べるとヒューの祖父母であるジョン・トーマスとメアリー・アン夫妻を想起させる描写が多いことを挙げておきます。特にガブガブが語るおとぎ話「魔法のキュウリ」に登場する国王夫妻は国教会の信徒だったジョン・トーマスとアイルランドから嫁いで来たカトリック信徒でヒューの父ジョン・ブライアンら子供たちにもカトリックの洗礼を受けさせたメアリー・アンがモデルになっているでしょうし、チープサイドがドロンコを評した「クリミア戦争帰りの老兵」と言うのはジョン・トーマスのことに相違無いと考えられます。ヒューは5歳の頃に2歳年上の三兄で後に建築家となったエリックと共にイングランド南部のボーンマスに住んでいたジョン・トーマス夫妻の許へ預けられていたので、その際の体験がこうした形となって反映されたのでしょう。


The Voyages of Doctor Dolittle - 原文。

『ドリトル先生の郵便局』についてもっと詳しく知りたい方には、以下のサイトも参考になります。

『ドリトル先生の郵便局』 ドリトル先生物語全集3こども図書館ドットコム


解題『ドリトル先生の郵便局』目次
| 84oca | ドリトル先生の郵便局 | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) |

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