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解題『ドリトル先生の郵便局』(10)──ドリトル先生のコロンブス観
 ドリトル先生はダホミー(現在のベナン)を経由して南米のベネズエラに向かうキンイロカケスから、1492年に新大陸を“発見”したクリストファー・コロンブス(Christopher Columbus, 1451? - 1506)にまつわる逸話を聞かされます。

船員の反乱に遭うコロンブス
船員の反乱に遭うコロンブス(『ドリトル先生の郵便局』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 コロンブスにまつわるエピソードが語られる第2部3章では、次の水曜日を「7月18日」とする記述があります。1830年代で7月18日が水曜日の年は1832年1838年なので、本作の時代設定はヴィクトリア女王が即位した1837年の晩秋から1838年の後半ぐらいまでなのかも知れません。ただ、第2巻『航海記』は第1部が文中で「1839年」と明言されていますし、史実において世界最初の切手「ペニー・ブラック」が発行されたのは1840年です。しかし、1838年を逃すと次の7月18日が水曜日になる年は11年後の1849年で、ずいぶんと間が空いてしまいます。対して、1838年と仮定した場合でも『郵便局』と『航海記』の間に第4巻『サーカス』、第6巻『キャラバン』、第11巻『緑のカナリア』、そして最終巻『楽しい家』の3エピソードを挟むと言うのは日程的に窮屈感が否めません(この点も『サーカス』を『アフリカゆき』の直後と見て『郵便局』をその後と見る説における根拠の一つとなっています)。

 中南米方面への配達を担当するキンイロカケスは出発の直前、ふと振り返ってドリトル先生に「クリストファー・コロンブスという人物をご存知ですか」と尋ねました。先生が、そして先生でなくともこの人物を知らないはずがありません。そう、1492年に無謀と言われた大西洋横断を決行し、後にアメリカ大陸と呼ばれる“新大陸”へ到達した西洋人の探検家です。このカケスは「コロンブスが“新大陸”へ到達したのは自分の先祖が彼を導いたからに他なりません」と言い、コロンブスにまつわる逸話を語り始めました──そのカケスの先祖は、カリブ海のバミューダ諸島と南米のベネズエラを往来する群れのリーダーに選ばれ、バミューダに向かう途中で一隻の船に遭遇します。その船では船員たちが反乱を起こし、船長に「今すぐスペインへ引き返せ。さもなくば我々はあんたを殺してでも帰る」と要求していました。カケスはその船長の顔を一目見るなり、昔のことを思い出します。その船長──コロンブスは、まだ見習い船員だった頃に北大西洋上で強風に煽られて失速し船の甲板に不時着したカケスを介抱し、逃がしてくれた恩人だったのです。それから月日が経ち、コロンブスは「地球は丸く、ヨーロッパから西へ進めばインドへ行けるに違いない」と考え、スペイン王室の援助を取り付けて航海に出る計画を立てます。しかし、当時は未知の海域だった大西洋のさらに西へ好んで行きたがる船員がいなかったので、恩赦を与えられた服役囚が船員となりました。こうしてコロンブスの船はインドを目指して出発しますが、進めど進めど陸地は見えて来ません。次第に船員たちの間で疑心暗鬼が広がり、その疑念は船長であるコロンブスに向けられて反乱が起きたのです。
 そこで、カケスは仲間たちに呼びかけて何度も船の上を飛び回りました。船員たちは陸地の鳥であるカケスの姿に気付き「もしかすると船長の言っている通り、陸地が近いのかも知れない」と思って次々に武器を手放し、反乱は収束します。その数日後、船はカリブ海のワトリング島(現在のサン・サルバドル島)に到達し、船員たちはコロンブスは偉大な船長として口々に称賛したのでした──コロンブス自身は生涯、自分が到達した場所をインドだと誤認し続けていたのですが。
 カケスは最後に「もしコロンブスが船員に従ってスペインへ引き返すか、あのまま船員に殺されていたら“新大陸”は1492年には発見されなかったでしよう──もっと後には発見されていたかも知れませんが」と付け加え、西へ飛び立って行きました。

 このエピソードで、コロンブスは極めて情に満ちた好人物として描かれています。思えば前巻『航海記』でも先生はコロンブスが樽に封印して海へ沈めた日記帳の行方を気にしていました(結局、日記は「深い穴」へ沈んだままクモサル島が「深い穴」に蓋をしてしまったので伏線は回収されないまま終わってしまいましたが)。しかし、現代の感覚においては──特に、コロンブスがアメリカ大陸へ到達する以前から住んでいた人々にとっては、こうした人物評が屈辱的なものであることにもまた、目を向けなければならないでしょう。コロンブス自身、あるいはその部下たちはカリブ海の島々で島民から掠奪と殺戮を重ね、コロンブスの後にはアステカを滅ぼしたエルナン・コルテスやインカ帝国を滅ぼしたフランシスコ・ピサロらのコンキスタドールが続々とアメリカ大陸へやって来て、元から大陸に住んでいた人々──自分が到達した場所をインドと誤認したコロンブスに「インディオ」と呼ばれた人々の平穏な生活は、徹底的に破壊され尽くしたのです。
 本作が刊行された1920年代は、元から大陸に住んでいた人々のコロンブス来訪に端を発する苦難に満ちた歴史にはまだまだ目が向けられていなかった時代でした。アメリカ合衆国や中南米の国々、そしてスペインではコロンブスがサン・サルバドル島に上陸したとされる10月12日ないし10月の第2月曜日を「コロンブス・デー」ないし「民族の日」として祝日に指定していますが、アメリカではコロンブス・デーの祝賀行事に対して毎年、激しい抗議デモが繰り広げられています。
 ロフティング自身は晩年、特にヨーロッパ大陸の「旧弊」とアメリカ大陸の「自由」を対比したアメリカ礼讃思想へと傾斜して行くのですが、本作の執筆当時から彼が同時代の多くの西洋人と同様に、コロンブスを「アメリカ大陸を(当時の概念に従えば)“発見”した偉人」として肯定的に評価していたことは疑うべくもありません。後年に非難された『アフリカゆき』や『航海記』に比べると人種差別や植民地主義に対するアンチテーゼ的な思想が目立つ本作ですが、本シリーズが書かれた当時の時代認識や元からアメリカ大陸に住んでいた人々から見た歴史観についても理解を深めていただければ幸いです。
| 84oca | ドリトル先生の郵便局 | 17:25 | comments(0) | trackbacks(0) |

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