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解題『ドリトル先生の郵便局』(3)──ドリトル先生 vs. 奴隷商人
 奴隷船の拿捕を命じられたイギリス海軍の巡洋艦・HMSヴァイオレット号をあざ笑うかのように奴隷船は逃走します。しかし、ドリトル先生がスキマーの協力で撃った大砲の弾が奴隷船のマストを吹き飛ばし、命運尽きた奴隷商人ジミー・ボーンズは敢えなく逮捕されたのでした。

スキマーが照準を定め、奴隷船を砲撃
スキマーが照準を定め、奴隷船を砲撃
(『ドリトル先生の郵便局』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 先生が自分の船に戻ると、そこにはイギリス海軍の巡洋艦・HMSヴァイオレット号の艦長が怒りの形相で待ち受けていました。先生が船を停泊した際に明かりをつけていなかったのでヴァイオレット号がぶつかってしまい、奴隷船かと思って船内を偵察したところ人は誰も乗っておらず水兵の一人が寝ている豚に蹴つまずいてしまったと言うのです。先生は艦長の命令で一旦は勾留されますが、一人の軍人が同行していたズザナの態度から「この紳士は奴隷商人の一味ではないのでは」と進言し、拘束を解かれます。
 ヴァイオレット号は指名手配犯の奴隷商人ジミー・ボーンズを追ってこの沿岸まで来たものの、ボーンズ一味は巧妙に海軍の追跡を逃れるので捜索は難航していました。しかし、ドリトル先生の手にかかればスキマーたちが西アフリカ中の沿岸をくまなく偵察してくれるので何のことはありません。翌日の昼にはボーンズ一味の船が給水の為に停泊しているのが発見され、ヴァイオレット号は奴隷船の拿捕に向けて慎重に奴隷船へ接近しました。
 しかし、功を焦った砲手の一人が誤って大砲を撃ってしまい、その音に気付いた奴隷船は急いで給水作業を切り上げ海の彼方へ姿を消してしまったのでした。

 このHMSヴァイオレット(HMS Violet)号は同名の艦船が実在し、本作の時代設定であるヴィクトリア朝初期は4代目のヴァイオレット号(1835 - 1842)が就役していた時期に当たります。オランダのスヘフェニンゲン港で漁船のフェアリー号をイギリス海軍が買い取って改造し、1812年に事故で大破し廃船となった3代目ヴァイオレットの名前を襲名したもので、1842年に民間へ払い下げられました。就役時は主に北海近辺の沿岸警備に当てられていたようで、西アフリカの奴隷船拿捕に使用された記録は見当たりません。

 ヴァイオレット号は奴隷船を取り逃がしてなるものかと最新鋭の蒸気エンジンを極限まで稼働させ、必死に追跡しますがボーンズ一味の船はヴァイオレット号をあざ笑うかのように遠ざかって行きます。それでも、双方の距離は次第に縮まって行きどうにか大砲の射程範囲に入りました。しかし、既に日は暮れていて照準が上手く定まりません。砲手たちは先刻、誤って砲撃してしまった砲手を口々に非難していました。そこでスキマーはすかさず、自分が照準を定めるので空いた大砲を撃つように先生に進言します。

「撃て!」

 スキマーの号令で先生は大砲を発射し、砲弾はボーンズ一味の奴隷船のマストを直撃して木っ端微塵に吹き飛ばしました。こうなってはイギリス海軍に辛酸を舐めさせ続けたボーンズもどうにもなりません。先生とスキマーの活躍により奴隷船は拿捕され、帝国勅令により指名手配されていた奴隷商人ジミー・ボーンズとその一味は全員が逮捕されました。
 ヴァイオレット号の艦長は協力に感謝し「女王陛下は今回の勲功を讃えて貴殿を騎士に列するか、勲章を賜るだろう」と言いましたが、先生はどちらも辞退し代わりに「お茶を一袋いただきたい」と申し出たのでした。

 ロフティングがナイジェリアで鉄道建設に参加していた1910年代初頭には、非人道的な奴隷制度は形式的には過去の話となっていました。しかし、ロフティングが敢えて本作の冒頭にこのエピソードを持って来た意図は「形式的に奴隷制度が無くなっても、植民地の支配者は依然として現地の人々の尊厳を軽視し続けている」と言う告発にあったのではないかと思えてなりません。
 アメリカの事情について付け加えると、ロフティングが移住したニューヨークやコネチカットなどの北部と異なり当時の南部諸州は人種差別的な法律が存在し、クー・クラックス・クランに代表される過激なレイシズムを主張する団体が公然と活動していました。ロフティングは1960年代の公民権運動を契機に、特に『アフリカゆき』の描写が原因でレイシストであるかのような非難をしばしば受けることになるのですが、本作を読む限りロフティングは決して白人至上主義者ではなく、また植民地支配の在り方にも強い疑問を抱いていたに相違無いだろうと筆者は考えます。しかしながら、本作も『アフリカゆき』と『航海記』に見られた未開の人々に対する作者の認識の限界が散見されることは否めず、特にアメリカで1988年に復刊されて以降の改訂版ではアフリカ人を描いた多くの挿絵が削除された為に、本巻は他巻に比べて極端に挿絵が少ない巻になってしまっています。
| 84oca | ドリトル先生の郵便局 | 17:18 | comments(0) | trackbacks(0) |

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