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ヒュー・ロフティング伝(4)──ナイジェリア時代
 1911年、ヒューは土木技師になって最初の仕事だったカナダでの金鉱測量を終えて西アフリカのイギリス保護領・南ナイジェリアでの鉄道建設に参加しました。『ドリトル先生』シリーズの第3巻『ドリトル先生の郵便局』はこの時代の体験が色濃く反映されたものとなっています。


 西アフリカのギニア湾に面したナイジェリアへ西洋人が最初に入植したのは、コロンブスが大西洋を横断してアメリカ大陸へ到達する20年前の1472年と言われています。この年にポルトガル人が奴隷貿易の拠点として建設したラゴスは西アフリカでも有数の大都市として発展し、1976年から1991年にかけて中央部のアブジャへ遷都するまでは首都の地位に在りました(現在でもナイジェリア、ひいては西アフリカ最大の都市である地位に変わりはありません)。
 ポルトガル人の入植から300年余り、ナイジェリア沿岸からダホミー(現在のベナン)、トーゴにかけての一帯は「奴隷海岸」(Slave Coast)と呼ばれていました。西洋の列強諸国がこの沿岸の王国に武器を供与して互いに争わせ、負けた陣営の兵士は捕虜として奴隷商人に売られ、アフリカ大陸からヨーロッパや南北アメリカへ連れ去られて行ったのです。ダニエル・デフォー(Daniel Defoe, 1660 - 1731)の『ロビンソン・クルーソー』で主人公が遭難して絶海の孤島へ流れ着いたのも、奴隷貿易で一山当てようとした矢先の出来事でした。
 イギリス本国では1772年に奴隷待遇から逃亡したアフリカ人男性の法的地位が争われたサマーセット事件で人を奴隷の身分に置く行為が非合法であることが判例により確定しましたが、世界各地のイギリス植民地では依然として奴隷貿易や強制労働が公然と行われていました。サマーセット事件の後、主に植民地からの引揚者を中心とする奴隷廃止運動が拡大したことを受けて政府は1787年に奴隷貿易廃止委員会を設置し、1807年に最初の奴隷貿易法が成立します。しかし、この法律の施行後に奴隷商人がイギリス海軍に拿捕されることを恐れて奴隷を海へ“投棄”する事件が頻発し「奴隷制度そのものを根本的に犯罪とすべき」との世論が喚起される結果となりました。こうして、1833年に奴隷売買のみならず奴隷の所有を全面禁止とする奴隷制度廃止法が新たに成立し、1834年に植民地を含むイギリス帝国内の奴隷全員が解放されたのでした。
 このように、世界に先駆けて奴隷制度廃止を宣言したイギリスは他の列強諸国の奴隷貿易拠点攻撃にも力を入れ、1861年にポルトガルの奴隷貿易拠点だったラゴスを陥落させます。ラゴスは周辺のイギリス植民地であった南ナイジェリア(1894年に領域確定)・北ナイジェリア(1901年併合)と合わせて1914年に3植民地を併合し、保護領の英領ナイジェリアとされました。

 ヒューが南ナイジェリア植民地の首都(総督府所在地)だったラゴスを訪れた1911年は3植民地の統合作業が進行している最中でした。ヒューが参加した鉄道建設計画はラゴスと北部の炭鉱を接続する貨物路線を敷くもので、最終的には国土全体をアルファベットの「H」字状にラゴスとポートハーコートの2箇所の港と炭鉱を接続する路線が計画されていました。未開の地に鉄道を建設し、現地の人々の生活を改善することを夢見ていたヒューはこの鉄道の主目的がイギリスで消費する石炭の輸送であることに少なからず失望を覚えたらしく、また現地の人々が生活の為に営んでいた狩猟を支配者となった西洋人が「非文明的」と言って禁止する一方で、自分たちは現地の人々から取り上げた狩猟地でスポーツハンティングに明け暮れると言った不条理を目の当たりにして強い憤りを感じたようです。
 ヒューは1911年にナイジェリアとキューバで鉄道建設に当たっていた時期について後年「その一瞬一瞬、全てを嫌悪していた」と強い口調で振り返っていますが、それは自分の理想と南ナイジェリアで体験した「支配者と被支配者」の現実に横たわる余りにも埋め難いギャップがそう言わしめたのだと感じます。その憤りと、かつて自分が思い描いていた理想の社会貢献のスタイルは12年後に『ドリトル先生の郵便局』となって結実したのでした。

 なお、ナイジェリアはヒューが鉄道建設に参加してから50年後の1960年にイギリスから独立し、1963年に共和制国家となりました。
| 84oca | ヒュー・ロフティング伝 | 09:42 | comments(0) | trackbacks(1) |

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