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ある在野の文学研究者の行動記録。

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解題『ドリトル先生航海記』(11)──歌う魚・銀色フィジット
 カパ・ブラカン島を出航し目的地のクモサル島へ近付く一行。先生は航海中も魚介類の言葉を研究し、驚くべきことに英語で歌う魚と遭遇したのでした。
英語で歌う魚を発見して驚く先生
英語で歌う魚を発見して驚く先生
(『ドリトル先生航海記』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

 先生が大西洋上で採取した銀色フィジットという種類の魚が英語で歌っていることに気が付いた先生はスタビンズ少年を呼んで歌を聞かせます。驚くべきことに、まだ魚介類はおろか動物の言葉も初歩のスタビンズ少年にもその魚が英語で歌っているのがはっきりと聞こえ、その歌以外にもこの魚が発する「禁煙」「おや、ごらん。へんてこなものがいるよ」「トウモロコシに、絵はがきがあるぞ」「ここが出口」「つばをはくべからず」などの英語を聞き取ることが出来ました。そして、この銀色フィジットはどこでこの歌を覚えたのか──歌詞の意味は全くわかっていなかったのですが──自身の生い立ちを話し始めたのでした。
 この魚の故郷は南太平洋のチリ近海で、2510匹家族の一員でした。しかし、生まれてから間もなくクジラの群れに追われて家族は散り散りになり、妹のクリッパと2匹で北へ泳いでようやくクジラやサメから逃れることが出来ました。そしてアメリカ合衆国西海岸の港で休息していた際に2匹とも網で掬い上げられ、水族館で飼われるようになったのでした。水族館の狭い水槽での生活は退屈そのものでしたが、そこで係員の注意喚起や顔馴染みの清掃員がいつも歌っていた歌を(意味はわからないながらも)覚えて退屈を紛らわしていました。しかし、水族館での生活に飽きて1年余りが過ぎたある日、2匹は一か八か死んだふりをして水槽の外へ脱出することを計画します。結果、清掃員は2匹が死んだものと思って水槽から網で掬い上げて海に投げ捨てた(帰してやり)、2匹は再び自由の身となったのでした。
 1839年当時のアメリカ西海岸は今よりも狭く、現在のカリフォルニア州はメキシコ領でした(1848年にテキサスなどと共にメキシコより編入)。現在のオレゴン州とワシントン州に当たるオレゴン・カントリーはアメリカ東部からの入植者が続々と入って来ていた時期で、1818年のアングロ=アメリカン会議に基づき米英の共同所有とされていた時期に当たり、正式にアメリカ領となるのは1848年にオレゴン準州が成立してからとなります。従って、作中の1839年には「アメリカ合衆国西海岸」と呼ばれる地域は存在しなかったことになるのですが、この部分をロフティングの十八番である時代錯誤(アナクロニズム)と見るべきかスタビンズの回顧録として19世紀末から20世紀初頭の時代状況に合わせてそう記述したのかは、どちらとも判断が付きません。
 ただ、主人公のドリトル先生がイギリス人である以上はイギリスが主な舞台となるのは致し方が無いとは言え、発行元のストークス的には「アメリカを舞台にしたエピソードを入れて欲しい」という意向も当然に働いているはずで、その要望を受けてこのエピソードが入れられたのだとすれば、時代背景と多少の矛盾が存在しても大目に見られたのかも知れません。シリーズ全12巻と番外編1巻を通じてドリトル先生自身がアメリカ合衆国は無論のことアメリカ大陸に上陸することは無いのですが、続巻の『郵便局』を始めとしてアメリカ国内の地名が時折、話題に出るのはそう言った事情を反映しているのでしょう。

 銀色フィジットの身の上話が終わった後、先生はこの魚にいくつかの質問します。一つは、グアム近くのネロ深海(マリアナ海溝か)よりも深い海溝が大西洋に存在すると言う仮説について。この質問に、銀色フィジットは「深い穴」と呼ばれ、恐れられている海溝の存在を明らかにします。そして、その「深い穴」には太古から生き長らえる貝類の大ガラス海カタツムリが住んでいるとも。もう一つの質問は、コロンブスが書いた2冊の航海日誌について。1冊は既に発見されており、もう1冊は樽に封印して海に投げ込んだと言われているがその所在を知っているか。フィジットの回答は、その樽は海底を移動して今は「深い穴」にあるというものでした。
 ここで先生がコロンブスの名前を出したのは、遅くとも20世紀の前半まで西洋人の間でコロンブスは「新大陸を“発見”した偉人」と認識されていたことと無関係ではありません。特にロフティングはコロンブスを非常に尊敬していたであろうことが続巻『郵便局』からも伺えるのですが、それは同時に『アフリカゆき』の描写が人種差別的であるとの非難に加えて『航海記』に対する「白豪主義・植民地支配肯定」と言う非難の一因となっている面にも目を向けなければならないでしょう。
| 84oca | ドリトル先生航海記 | 16:03 | comments(0) | trackbacks(0) |

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