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解題『ドリトル先生』──白林少年館の挑戦、そして挫折
 博文館『少年世界』に大槻憲二の訳で「ドーリットル博士の航海」が連載されてから13年後の1938(昭和13)年、五・一五事件に斃れた元内閣総理大臣・犬養毅(1855 - 1932)の邸宅に犬養道子(1921 - )の家庭教師として出入りしていた石井桃子(1907 - 2008)は、道子の母・仲子の薦めで毅の書斎を提供され遺品となった蔵書の整理に当たり、後にその書庫を改造して児童書専門の図書館・白林少年館を開館しました。白林少年館の開館に至る背景には、当時の日本において国是とされた軍国主義が児童書の分野にも影を落とし「愛国」「報恩」が強調される読み物一色になって行くことに息苦しさを感じた石井の「真に子供が読みたいものを提供する」強い信条があったことは現在でもよく知られています。開館から2年後の1940年には出版部を立ち上げ、最初に中野好夫(1903 - 1985)の訳でケネス・グレーアム(Kenneth Grahame, 1859 - 1932)の『たのしい川べ』(抄訳)が刊行され、その次のラインナップとして選ばれたのが『ドリトル先生アフリカゆき』でした。
 母親を亡くし、生まれ育った埼玉県北足立郡浦和町(現在のさいたま市)から東京府豊多摩郡井荻町(現在の東京都杉並区)へ転居した石井はアメリカ在住の友人から送ってもらった『The story of Doctor Dolittle』のあらすじを近所に住んでいた井伏鱒二(1898 -1993)に話して聞かせ、その話を気に入った井伏は白林少年館からこの物語を翻訳出版したいと言う石井の下役を持参しての希望を快諾します。そして、手始めに文藝春秋の雑誌『文學界』1940年12月号で冒頭部分をエッセイ「童話 ドリトル先生物語」として発表したのでした。このエッセイで井伏は主人公の名前「Dolittle」を日本語訳に当たって「ドリトル」とした経緯について、以下のように説明しています。
 この「ドリトル先生物語」は、外国の発音通りにいへばドウーリトル先生物語である。しかしドウーリトルという云ひまはしは、日本の子供には舌先に親しみがないだらうと思はれる。ヴエルレーヌをベルレン、ボードレールをボドレルと日本語で書けと云つた詩人もある。私はその説に七分通り賛成する。だからここでは仮りに「ドリトル先生物語」と読むことにする。
 現在に至るまでほとんどの日本語訳が井伏案の「ドリトル」表記を採用し、慣例としてすっかり定着してしまっていることを考えると井伏訳から遡ること15年前の大槻訳が「Dolittle」を「ドーリットル」としたのに対し井伏訳が「ドリトル」とした時点でこの訳の成功は半分、保障されていたと言えるかも知れません。
 こうして、1941(昭和16)年に白林少年館出版部より第1巻の最初の日本語訳『ドリトル先生「アフリカ行き」』が刊行されました。しかし、当の白林少年館は先の見えない日中戦争に加えてこの年の暮れに真珠湾攻撃が決行され、太平洋戦争に突入するなど戦況の激化を受けて閉鎖され、出版部も前述の2冊を最後に活動を停止せざるを得なくなってしまいました。しかし、1941年12月にフタバ書院成光館が『ドリトル先生アフリカ行』の出版を白林少年館より引き継ぎ、戦後は1947(昭和22年)に光文社より復刊されるなど(国立国会図書館・近代デジタルライブラリー)、戦時下にあっても子供の心を捉えて離さなかったのは物語が持つ強い力を実感させるに十分な出来事だったと言えると思います。

 そして、井伏は白林少年館の『アフリカ行き』の刊行を見届けた後に講談社『少年倶楽部』で第2巻を「ドリトル先生船の旅」の表題で連載することになったという所から『ドリトル先生航海記』の解説を始めたいと思います。
| 84oca | ドリトル先生 (シリーズ全般) | 13:47 | comments(0) | trackbacks(0) |

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