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解題『ドリトル先生アフリカゆき』(8)──人種差別問題
 帰り道、ジョリギンキ王国で再び捕らわれの身となってしまったドリトル先生の一行。バンポ王子の協力で脱獄し、王子が手配した代わりの船に乗ってアフリカを後にします──アフリカ生まれのポリネシア、チーチー、そしてワニの見送りを受けながら。
アフリカを発ち、帰路に就く船
アフリカを発つ船を見送るポリネシア、チーチー、ワニ
(『ドリトル先生アフリカゆき』挿絵、ヒュー・ロフティング画)

※今回のエントリにおいて、本文中に差別用語や現在では不適切とされる表現を使用している場合がありますが、過去に差別が存在した歴史的な事実に関する解説が目的であり、それらの差別を肯定する意図はありません。

 1960年代後半から1980年代にかけて、アメリカ合衆国における『ドリトル先生』シリーズ、殊に『アフリカゆき』の扱いはそれまでと一変し「差別図書」の烙印を押され、書店や図書館から撤去される事態となりました。その背景には、1960年代を最盛期とする黒人──アフリカ系アメリカ人の公民権運動の高まりがあります。この際に、過去の文学作品における黒人描写への糾弾も大々的に行われ、日本でも1980年代に姿を消したヘレン・バンナーマン(Helen Bannerman, 1862 - 1946)の『ちびくろサンボ』などは言うに及ばずかつて南北戦争、ひいては第16代大統領・リンカーン(Abraham Lincoln, 1809 - 1865)の奴隷解放宣言に繋がる原動力の一つとなったハリエット・ビーチャー・ストウ(Harriet Beecher Stowe, 1811 - 1896)の『アンクル・トムの小屋』も「主人公が奴隷の境遇に対して余りにも卑屈である」などの理由で攻撃対象とされました。『アフリカゆき』に関しては、童話「眠り姫」を愛読し、その話中に登場する王子のような白い肌に憧れる黒人のバンポ王子に対し妖精・トリプシュティンカに扮したポリネシアが「父君に捕らわれている西洋の偉大なお医者様がその願いを叶えてくれるでしょう」と言って気が進まない先生に薬を調合させ顔だけを脱色すると言う筋書き、ひいてはロフティング自身の手になる挿絵の(後年、日本の漫画に対しても同じような指摘が為されることの多かった)「目を大きく、唇を分厚く」描くステレオタイプ的な黒人像が特に糾弾の対象となったのでした。
 結果、アメリカにおけるシリーズの出版元で1939年に廃業したストークスの出版物を継承していたJ・B・リッピンコットは大部分の巻を1970年までに絶版とし、公共図書館も『アフリカゆき』のみならずシリーズ全巻を開架から撤去してしまったのでした。イギリスでも若干の批判が有ったもののアメリカほど大きな社会問題には発展せず、1980年代に入ってもPuffin Booksからペーパーバック版が刊行されていました。その後、1986年がロフティングの生誕100周年に当たることを記念し、デル・パブリッシングがヒューの次男であるクリストファー・ロフティング(Christopher Clement Lofting, 1936 - )より承諾を得てYearling Booksレーベルで問題とされた箇所を削除・修正した改訂版として1988年より正式に復刊し、約20年に及ぶ「消失」の時代は終わりを告げました。具体的には、ある版では該当箇所が「ポリネシアがバンポを催眠術で操って牢獄の鍵を開けさせた」とされ、また別の版では「ライオンの勇敢さに憧れるバンポの為にドリトル先生が育毛剤を調合し、髪をライオンのたてがみのように伸ばした」とされています。もっとも、米英でもこうした措置に対する批判はあり、例えばイギリスのThe Sun紙は社説で「古典作品の表現が気に入らないのであれば『読まない』と言う選択肢もあるはずだ」と長年、愛されて来た作品に第三者が安易に手を加えるべきではないと主張しています。

 日本の状況に関しては追って第2巻『航海記』や第10巻『秘密の湖』の解説でも取り上げる予定ですが、多くの日本語訳(特に、1978年の岩波第1次改版以降)では先のThe Sun紙社説と同様の見解に立ち「削除・修正よりも作品の執筆された時代背景について、正しく解説を加えるべきである」という立場を採っています。但し、ポプラ社から刊行されている2種類の版(こども世界名作童話ポプラポケット文庫)ではどちらも改訂版を底本にしています。

 次回に続く。
| 84oca | ドリトル先生アフリカゆき | 09:46 | comments(0) | trackbacks(1) |

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解題『ドリトル先生アフリカゆき』(9)──1920年代の人権感覚
 前回からの続き。  アメリカでは1960年代後半から1970年代にかけて、本作の黒人描写がステレオタイプ的な偏見に基づいているという非難を受けて書店や図書館から『ドリトル先生』シリーズ全巻が一斉に姿を消し、問題とされた箇所を削除・修正した改訂版の復刊まで
| Lawnbowls | 2012/06/07 10:06 AM |

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