Lawnbowls

ある在野の文学研究者の行動記録。

お仕事募集中です。ご依頼は 84oca75 (アットマーク) gmail.com へお願いします。
解題『ドリトル先生』──はじめに
 そんな訳で、ヒュー・ロフティングの代表作『ドリトル先生』全12巻+番外編1巻の各巻解説に入る前に、このシリーズ全般の特徴について解説します。



 シリーズ全般の大きな特徴は三点。

1. 主人公が特別な能力やアイテムを持っている訳ではない

 と書くと「あれ?」と違和感を抱く方もおられると思います。確かに主人公のドリトル先生は「動物(シリーズ後半には昆虫や植物とも)と話すことが出来る」と言う、一般人の尺度から見たら「特別な能力」を持っている訳ですが、それは生まれ持った才能ではなく飼っていたオウムのポリネシアから教わって習得したから話せるようになった、つまりは「誰でも意欲ないし機会さえ有れば動物の言葉を身に着けられる」と言う設定であり、ドリトル先生が“初めから”特別な能力を持っている訳ではないのです。実際に、2巻『航海記』から登場するスタビンズ少年もドリトル先生と同様にポリネシアから動物語を教わり、先生には及ばないながらも動物と会話することが可能になっています。強いて言えば、ドリトル先生には「比類無き学習意欲」と「人間にも動物にも貴賤の分け隔て無く接する心の広さ」が有ったからこそ他の人間には為し得なかった特別な能力が授けられた、とも言えるでしょう。そう言う意味で、魔法や超能力・超科学を前提にした世界観ではないので、ジャンル上は純然たるファンタジーではなく「ロー・ファンタジー」に分類されることが多いようです。
 そして、ロフティング自身が2人の子供の為に『アフリカゆき』を書いていた時期から明確に意識していた訳では無く、巻を重ねるごとに確信して行った節が見られるのですが、彼自身は神話・伝説上の“英雄”とされる人物像──その多くは、敵対勢力や自身が属する集団の脅威を力で排除して、その功績を以て祭り上げられることが多いのですが──に長年、疑問を抱いており逆にもっと“普通の人物”ないし、人知れず偉業を成し遂げるけれど決してそれを鼻にかけない人物像を理想としていたようです。こうしたロフティングの理想とする人物像について、初めて日本語で全巻を訳した井伏鱒二は「巷間の聖者」と評しています。

2. 「時系列シャッフル」を採り入れている

 本シリーズの各巻の配列は、必ずしも時系列順になっていません。第1巻『アフリカゆき』が最初で、第2巻『航海記』はその後の話ですが第3巻『郵便局』、第4巻『サーカス』、第6巻『キャラバン』、第11巻『緑のカナリア』、そして最終巻の短編集『楽しい家』の内3編は『航海記』でドリトル先生がスタビンズ少年と出会うよりも以前の話とされています。ただ、第3巻『郵便局』に関してはどの時期に置くか諸説が分かれており、一部には『航海記』よりも後ではないかとする説もあるようです。
 もっとも、最終巻『楽しい家』を別にすれば各巻とも一冊の中で複数人の視点を行ったり来たり時間を遡ったりすることは原則として無く(唯一の例外は第6巻『キャラバン』で、後に第11巻『緑のカナリア』において詳述される部分を書き手に委ねている箇所)、第10巻『秘密の湖』や第11巻『緑のカナリア』とも、過去の出来事を回想する際は語り手の口を通じて回想させると言う手法を貫いている点が特徴的です。
 そして、巻によりスタビンズ少年と出会う以前/以後のどちらかに分けて話を書いていることにより、時系列に縛られて巻数を重ねるごとに扱うテーマが制約されて行くジレンマを回避することに成功していると言えます。

3. 挿絵も作者本人が描いている

 これこそが『ドリトル先生』を語るうえで不可欠の魅力と言っても過言ではないでしょう。作者本人が挿絵を描いた作品と言えば、ジーン・ウェブスター(Jean Webster, 1876 - 1916)の『あしながおじさん』やアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry, 1900 - 1944)の『星の王子さま』も有名ですが、ロフティングの挿画は作者本人が挿絵を描いた児童文学作品では間違い無く五本の指に入ると確信します。
 1968年にロフティングの評伝を刊行したエドワード・ブリッシェン(Edward Blishen, 1920 - 1996)はそのタッチを「日本の版画」風、つまり浮世絵のようだと評しました。今ならば「漫画的」と言えるでしょうか。『アフリカゆき』など初期の作品はヒレア・ベロック『子供のための教訓詩集』で挿絵を描いた「B.T.B」の影響が見られ、線が固くややオカルト調に振れた感が有るのですが第3巻『郵便局』以降は、土木技師としての職歴を活かした正確な作図とスケッチ能力の高さに漫画的な人物像が混在する魅力的な画風を確立しており岩波版以外で読んだ人にも是非、岩波版か原書(一部の巻はプロジェクト・グーテンベルクにも収録されています)でロフティング本人が描いた挿絵を見ていただきたいと思います。特に『サーカス』から『キャラバン』にかけての挿絵が秀逸です。

 と言う訳で、明日以降は第1巻『アフリカゆき』から順に、時折『ドリトル先生』以外の作品を挟みながら個別の作品解説に入って行きます。



 もっと詳しく知りたい方には、以下のサイトも参考になります。

「ドリトル先生物語全集」と作者についてこども図書館ドットコム
| 84oca | ドリトル先生 (シリーズ全般) | 00:31 | comments(0) | trackbacks(0) |

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://lawnbowls.blog.bai.ne.jp/trackback/195998
トラックバック

CALENDAR
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
RECOMMEND RECOMMEND RECOMMEND RECOMMEND RECOMMEND RECOMMEND RECOMMEND RECOMMEND RECOMMEND RECOMMEND RECOMMEND COMMENTS
RECENT TRACKBACK
  • 解題『ドリトル先生局』──『郵便局』と『サーカス』はどっちが先?
    Lawnbowls (08/05)
  • ヒュー・ロフティング伝(4)──ナイジェリア時代
    Lawnbowls (07/11)
  • 解題『ドリトル先生アフリカゆき』(8)──人種差別問題
    Lawnbowls (06/07)
CATEGORIES ARCHIVES LINKS PROFILE OTHERS